MA TESOL留学記 @University of Warwick

公立高校教員が1年間、イギリス大学院でTESOLを学ぶ記録

なぜ英語教師に?①

こんばんは。Yukiです。

 

今日からは、なぜ私が英語教師になったのかをいくつかに分けて書いていきます。

 

私の英語との出会いは中1です。普通に中学校の英語の授業が英語との出会いでした。

中1の1学期中間テストって単語の書き取りばかりだと思いますが、beautifulを「べあうてぃふる」って覚える感じの普通の中学生です。

この頃はまだ私の将来の夢は医者でした(ドラマの影響)。ですが、数学が苦手(というか学校が荒れていたので、今思えば中1の数学を受けていない)になり、医者は無理かなあという感じになったのがたぶん中2くらいです。

で、中3になって受験のために塾に通い始めたんですが、そこの先生がめちゃくちゃおもしろい人で、何となく勉強がおもしろいと思い始めました。同時にこの先生に憧れ、教師を目指し始めます。ただこの頃は、大好きな日本史の教師になろうと思っていました。

いつまでたっても英語の話が出てきませんが、当時の私にとって英語はその程度です。ただの学校の科目です。好きでも嫌いでもない国数理と同等の科目でした。

 

で、高校に進学します。高校進学後も普通に各教科それなりに勉強し、社会科が得意科目な高校生でした。

高校2年になって日本史が始まりましたが、テストはおそらく98点以上しか取ったことありません。それくらい日本史が大好きでした。(ちなみに今も大好きだし、受験のときも一番の武器は日本史。センター試験は満点)志望校は明治大学文学部史学科で、毎年オープンキャンパスも行っていました。

転機は高校2年の修学旅行です。私が通っていた高校の修学旅行の行き先はオーストラリアでした。

3日くらいファームステイ(4人くらいで1つの家へお世話になる)、1日班別行動、1日クラス別行動みたいな行程だった気がします。

ファームステイはホームステイの牧場Ver.みたいな感じで、普通にあちらの家族と生活するものです。普通だったら行く前に「やべー英語通じるかなあ」とかなると思うのですが、当時は一切不安に思った記憶がありません。それくらい英語はどうでもいいというか、最早オーストラリアもどうでもいいというか、友達と海外に行けるという高揚感だけが私の中にありました。

 

こんなのんきな感じで行ったオーストラリアで転機が訪れます。続きはまた次回。