MA TESOL留学記 @University of Warwick

公立高校教員が1年間、イギリス大学院でTESOLを学ぶ記録

なぜ英語教師に?②

こんにちは。Yukiです。

 

前回の続きを書いていきます。

さて、オーストラリアに着いたらまずは広い体育館みたいなところに案内され、ホストファミリーと生徒の顔合わせ会?でした。

そこでホストファミリーの代表者的な人が何やらスピーチをしたのですが、所々現地の方が大爆笑していたのが印象に残っています。このときは私たちも余裕なので、

「みんな笑ってるけど、どこがおもしろいのか全く分からんwwこれ3日間終わったわwww」

とか笑いあっていたのを覚えています。そのあと同じクラスの友達3人と共に、ホストファミリーの車に乗せられました。車に乗ったらリンゴを渡されて「食え」って言われて、「うおおお、オーストラリアっぽい!」と笑い合っていました。ここもまだ余裕でした。

 

ちょっとまずいなって思い始めたのは初日の食事の時ですね。ホストファミリーもいろいろ話しかけてくれはするんですが、全く分からないので会話にならず…

しかもホストファミリーが私たちの滞在中に何かを企画することはなく、3日間ほぼ部屋で4人でトランプしてました。(あとで聞いたら他の班は家にビリヤードがあったり、遊園地連れてってもらってたり超楽しそうだった…)

こんな感じで「おれたちオーストラリアまで来て何でひたすらトランプしてるんだ?」となり、ホストファミリーに頑張って話しかけてみるも、お互いに意思疎通が全くできず…当時は携帯電話はありましたがガラケーだし、海外来ると一切つながらないので、マジで3日間の間トランプするか羊見るかしかすることがありませんでした。

 

とどめは最終日の夕飯です。

ホストファミリーも悪い人ではなくむしろ親切で、最終日の夕飯はかなりもてなしてくれ、たくさんご飯を食べさせてもらいました。

とても食べきれない量を出されましたが、そこは運動部の意地?みたいなものを見せて気合いで食べました。

 

ちょうど食べ終わったくらいでホストマザーが何かを我々に言ってきました。

ちなみにこの3日間私たちが使えた英語はYes, Thank youと挨拶くらいです。なんか聞かれても質問内容が分からないのでNoを使う必要はなく、大体愛想笑いしてYesって言ってました。

 

なのでこのときも適当に”Yes”って返事をしたんです。そしたらホストマザーは”OK!”と言って笑顔でキッチンへ行き、何かを作り始めました。

そしてその後、4人前のパスタが出されたのです。おそらくホストマザーは「もっと食べる?」みたいなことをさっき聞いていたんでしょうね。

この時我々はもちろん満腹です。何なら食べていたときもきつそうな顔やジェスチャーはしていたつもりでした。しかし当時の我々は「おなかいっぱい」すら英語で言えませんでした。

でも我々が頼んだパスタです。これを食べないわけにはいきません。

食べながら私は思いました。「言語が通じないとこんなにも人間同士は通じ合えないのか…」

 

その後、初日に集まった体育館のようなところに全員が集まり、解散式となりました。各班がホストファミリーと抱き合いながら別れを惜しんでいます。

私たちもホストファミリーとお別れをするのですが、もちろんコミュニケーションは特に取れません。そこに当時の担任(英語)がやってきて、流暢な英語で彼らとコミュニケーションを取っているのを目の当たりにしたのです。どちらかというと少し抜けてるキャラの先生がペラペラ英語を話しているのを見てまた衝撃を受けました。そしてこのときの先生の姿をかっこいいと思い、私は英語の教師を志すことになりました。

 

日本へ帰国した私は早速英語系で志望校を考え直しました。

調べるとすぐに出てきたのは東京外国語大学でしたが、私は大学入試は絶対3教科で受験すると決めていたため、断念しました。(高校受験は5教科受験で失敗したことと、日本史と現代文に絶対的な自信を持っていたため)

私立で調べた結果、上智というところが語学に強いらしいということを知り、第一志望に据え、英語に特化した勉強を始めていくこととなります。

 

オーストラリアの話で終わらせるつもりでしたが、大学入試のところまで来てしまいました。

次回も続きを書いていきます。